『美育文化』とは | バックナンバー一覧 | 購読しませんか? | 見本誌ご希望の方は


2012 7月号

特集 図工考現学

 街の中には、おかしなもの、面白いものがたくさんあります。

  例えば、家屋が取り払われた後もそのまま残された門柱とか、建物本体が解体されたため行き場をなくした階段のような、今は使われなくなったものや、本来の用途を失ったものが、まるで自己主張をしているかのように残されているのを目にすることがあります。

 この一見、無意味に思えるものの律義な存在は、どこかしら現代における芸術作品のあり方に似ているとして、1980年代の中ごろに、美術家の赤瀬川原平氏、編集者の南伸坊氏、建築家の藤森照信氏らは、それらを探索して楽しむことを「路上観察」と名付け、この活動はある種のブームになりました。

 ここには昭和初期に活躍した民俗学者で建築研究家の今和次郎(1888-1973)により「考現学」と名付けれた実証的研究方法の影響もありました。
「考現学」は、世相や風俗に関し、場所と時間を定めて個人的な視点から観察することを目指したものです。

 この「路上観察」や「考現学」の思考は、「散歩」の思想だとも言えます。そこでは、従来の学問のような論理性や系統性ではなく、自分が肌で感じた感覚や、そのときどきの環境や状況に応じて考える柔軟な感性が尊重され、「何を面白がるか」という個人の興味・関心が主要な観点になっています。

 自然科学や文化人類学の「観察」という手法は、外界としての「世界」から法則を発見し理解する方法でしたが、「路上観察」や「考現学」において重視されるのは、その対象自体よりも、むしろ観察の「視点」や「関心」という個人の視点や感性であるように思われます。

 言い換えるなら、「路上観察」の楽しみは「私が見つける」ことの面白さにあります。
街の中には、まだ誰にも見つけられていないものがいっぱいあります。それはいままでは何でもないものでした。けれども、それを〈私〉が発見した途端、何でもないものは、私にとっては特別なものに変容し、そこに新たな関係性が創造されます。ここには「私と外界の関係の読み方」という問題が内在しています。

 この構造は、鑑賞教育を考えるうえでも示唆的です。鑑賞の活動の本質を、芸術作品としての価値や文化財としての重要性という、鑑賞の対象の理解にではなく、もっぱら鑑賞の対象を「どうとらえるか」という視点の問題であると捉えるならば、「路上観察」や「考現学」は、その刺激的な方法になると思われます。

 もうひとつ、「路上観察」や「考現学」の楽しさの本質は「外へ出ること」です。
20世紀になり、多元的文化論が尊重され、フィールドワークの知が発見されたことなどから、「屋外」や「路上」への視線は、にわかに注目されるようになりました。
図工・美術の教育が「学校」の中で行われるかぎり、その教育的環境から脱出しにくいという構造があります。
「写生」が多くの子どもにとって、そして大人にとっても、図工・美術のもっとも印象深い授業であるのは、とりあえずこの〈場〉の束縛から逃れた開放感があったからにちがいありません。

 この号では、屋外(out door)、市街(into the town)、路上(on the road)へと氾濫する図工・美術について考えてみたいと思います。

7月号 美育インタビュー

美術家・作家 赤瀬川 原平 さん
○赤瀬川さん 「路上観察」や「トマソン」は何かを見つけて面白がることなので、絵を描いたり、ものをつくったりすることとは別の次元だということになります。でも、見つけることにはある種の才能が必要かもしれません。
  お茶の水に三楽病院というのがあって、そこには、使われなくなった門があり、それはご丁寧にコンクリートで塞がれてしまっていました。ぼくらはこれを発見して「無用門」と名付け、写真に撮ったりして面白がっていました。ここには、使われないのに律義に存在しているという、ものの存在の意味をめぐるロジックの面白さがあったわけですけれど、その撮影の最中に前を通る人は何をしているのかわからないんです。…続きは本誌で


表紙:
第42回世界児童画展
海外の部・金賞受賞作品
“キリン”
ワンチャイ・ブンミ
7歳男 タイ

表紙

裏表紙:
第42回世界児童画展
国内の部・ぺんてる賞受賞作品
“だいすき うまさん”
菊地 海里
福島・福島市立笹谷小学校1年

裏表紙

 

目次

特集 図工考現学

美育インタビュー 美術家…赤瀬川原平さん…7
■聞き手:水島 尚喜さん(聖心女子大学)

●美術教育ルポ
戦後美術教育の出発点を歩く
江東区立第一大島小学校とその周辺探訪
辻 政博+水島尚喜+鈴石弘之+加藤貴子+…12
加藤 真+森泉彩子+編集部(穴澤秀隆)
4~5頁にカラー写真があります。

子どもは何を見るのか? -「見ること」の多角的検討-…岡田 匡史…22
林丈二的考現学の可能性 -限界芸術の拡がりと美的次元-…谷口 幹也…28
「みること」「つくること」雑感…吉田 貴富…34
子どものまなざし、大人の眼差し…小橋川 啓・戸ヶ瀬哲平…38
カメラでレポート ここは、中学校だ!…濱脇みどり…44

連載 図説 子どもART学…辻  政博…50
第7回 図工考現学のこころみ

授業研究●沖縄県
幼児 どんぐり工場おおいそがし!…新垣ひとみ…52
小学校低学年 見える 見える そう見える…玉那覇直美…54
小学校中学年 見つめて、感じて……中山理恵子…56
小学校高学年 広がる世界 広がる自分…石川まゆみ…58
中学校 沖縄を彫る「かりゆしスパイク」…田仲 浩美…60

連載 〈美術/教育〉の扉をひらく ー新しい社会文化システムの中へー
第15回 メディア社会のヴィジュアル/メディア・リテラシー(上)…長田 謙一…62

●東日本大震災 復興日誌 第7回…小野 浩司…68

BOOKS 新刊紹介…新井 哲夫…70

『子どもの心に語りかける表現教育』 鈴木幹雄・長谷川哲哉 編著
BOOKS 新刊紹介…宮脇  理…71

『美術科教育の規範の研究』(博士論文) 中村 元隆 著
連載 幼児のひろば 第36回 静岡・富士市・伝法保育園…園長 丸茂 湛祥…6・81

NEWS…美育ニュース…72




『美育文化』とは | バックナンバー一覧 | 購読しませんか? | 見本誌ご希望の方は
このページのトップへ