東日本大震災という予想だにしなかった災害から、人々が立ち上がり、かつてのように日常が平凡さや退屈さという気分に被覆されることに、鈍感になり、はるばると安堵の念を感じられるようになることは可能だろうか。いつの日にかそれができるとしても、それには相当の時間と残酷な忘却を要するにちがいない。
他方、福島原発事故の深刻さは、人体や環境への影響や汚染の度合いが推し量り難いことにある。これは未経験の事態に際して、従来の危機管理システムが機能しえないことを暴露した。エネルギーとしての原子力の利用というステージに対応するパラダイムは、じつは確立されていなかったのである。このことを深く受け止めるとき、世界観や生活意識の根底的な転換の必要を実感せざるを得ない。
もちろん、一方では、いかなる事態に際しても、教育の営為は粛々と進められるべきであるとの認識があるのはもっともだ。しかし、理念や世界観のレベルでは、今こそ私たちは変革の方向に舵をきるべきだ。
ところで、震災直後から被災地を中心に、図工・美術の役割に期待する気分が拡がったことは改めて考え直す意味がある。
造形活動を通じた被災者の精神的ケアやワークショップによるコミュニケーションの創出などにより、支援活動に貢献できるのではないかという意識を多くに人が持った。
このように図工・美術の教育が社会的使命感を意識したのは、戦後の民間美術教育運動以来のじつに久しぶり体験だったのではないか。
震災以降、私たちはなぜこのような感覚を持ったのだろう。
おそらくそのひとつは、この教科が本来的に持っている、ものと触れ合うという直接体験性が、荒々しい自然現象にさいなまれた被災者や多くの人に、改めてものへの畏怖と親和感を訴えかけたことが考えられる。
もうひとつは、直接体験の過程を通じ、人々の交流が生まれるという、アートの持つコミュニケーション機能が再確認されたことだ。
そして、そのいずれの意味においても、世界を創造する当事者としての“子ども”は尊重されなければならない。
今回の不幸な体験を通じ、私たちは世界を再構築することを求められている。この号ではその担い手としての“子ども”と、方法としての“アート”について考える。
人類学者 中沢新一さん
今回の震災をきっかけにして多くの日本人はこれから日本はどういう方向に進んで行かなければいけないのかということを考えたと思います。
日本人が未来のことについて考えたのはじつに久しぶりのことだったという気がします。未来をどういう形で開いていくかを考えたわけです。そこで出てきたひとつの方向として、いろんなものを「元に戻す」ということがあったと思います。…続きは本誌で
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特集 子どもはアートで世界をつくる
美育インタビュー 人類学者 中沢 新一さん…7
聞き手:水島 尚喜さん
復興支援プロジェクト『子ども未来人サミット』報告…木下 勇…13
「子ども」と「美術」と「社会」が交差する場所で…片桐 隆嗣+藤倉 麻美+鴨田 幸奈…18
●レポート 「きぼうのて」プロジェクト
柴崎 裕(プロジェクト代表)…24
荒 文香(事務局長)+河原 賢一+辻 政博
まとめ:編集部(穴澤 秀隆)+辻 政博
廃校を舞台としたインスタレーション 斉藤 博文…32
現代アートがこころをひらく 尾形 勝義…38
「5750分展」報告 浅見 俊哉…44
美術教育のパイオニア木水育男(奥右衛門)指導児童画展の報告 朝倉 俊輔…48
●ミュンヘンだより ミュンヘンに生きる子ども達と共に 加藤 貴子…54
連載 図説 子どもART学 第3回 野生の思考から野生の科学へ…辻 政博…58
授業研究●広島県
幼児 楽しい造形あそび…佐藤慶美・吉田真弓…60
小学校低学年 おどる発想! 1年生のPBアート…天野 紳一…62
小学校中学年 あの日 あの時 あの場所…川島 仁氏…64
小学校高学年 感動を「書」に…川口 浩…66
中学校 これってな~に?…篠原 佳恵…68
●東日本大震災 復興日誌 第3回…小野 浩司…70
BOOKS 新刊紹介…前田ちま子…72
『みんなのアートワークショップ』 小串 里子 著
BOOKS 新刊紹介…藤澤 英昭…73
『造形教育における授業デザインと授業分析』 佐々木 達行 著
連 載 幼児のひろば 第33回…静岡・富士宮市・富丘保育園 副園長 足立 和俊…6・81
2011年美育文化総目次…74
NEWS 美育ニュース…76
*熊本文庫主要文献解題、〈美術/教育〉の扉をひらく は休載しました。