『美育文化』とは | バックナンバー一覧 | 購読しませんか? | 見本誌ご希望の方は


2005 11月号

特集 版、そして写すこと

 版画教育は戦後の最も早い時期から、図工・美術教育の主要な単元として取り組まれ、地域の風土や生活に密着した地道な実践が行われてきました。

 子どもたちが版による表現をする際の活動は、概ね、下絵を描く、版をつくる、版を刷るという3段階の過程を要します。

 一般に、下絵を描く段階では、描画と同様、完成のイメージをもって視覚的に画面の構成をすることが中心となり、版をつくる段階は、道具を利用して、素材となる版に働きかける活動となります。そして、版を刷る段階では、版を紙に定着させるために、インクや顔料をつけて刷るという、版画特有の作業とその際の技術が求められることになります。

 もちろん、これらの段階は、それぞれ個別の過程ではなく、前の活動を踏襲して次の表現を行うという、一貫性をもって進められており、そこには描画の表現とは異なる順序性と段階性があると言えます。この意図と計画性を伴った活動は、他の造形活動のみならず、学習活動においても反映され、子どもの発達を保障し基礎的な能力の獲得を促す学習となることが期待できます。

 一方、版によって表す活動では、何といっても、最後に紙をめくり、転写された作品を目にする瞬間に驚きと感動にあります。それまでドキドキしながら期待を抱いていた子どもたちが、この一瞬に「ヤッター!」と歓声を上げ、自信と満足感を味わう様子が見られるのも版画の授業ならではの光景でしょう。

 けれどもその一方、従来の版画教育では、作品の完成度や技法の習得という指導内容が過剰に求められ、子どもの発想や思いが表われにくくなっていた面もありました。また、計画性や順序性にこだわるあまり、あたかも失敗の許されない活動であるような印象を与えてしまった傾向もあったと思われます。このような問題に対応して、今日では、彫り進み版画、一版多色刷り、コラグラフ、パズル版画など、新しい版画の表現とそれを楽しむ実践が開発されています。

 他方、版画の特長として、ひとつの版から複数の作品を作り出すことができる点があります。これは版画が技法である以上に、メディアとしての特性を持っていることを示しており、この意味では、コピーや写真のような光学器械や印刷媒体を介在させた複製表現も、「版による表現」として捉えることができます。

 メディアによるイメージの量産が、すでに視覚環境の前提となっている今日、図工・美術教育でも版画の持つ複数性という特長をメディアの問題として捉え直す必要がありそうです。

 また、大人の芸術ジャンルのひとつとしての版画ではなく、子どもが版画をつくることの意味として、「彫る」という多少の抵抗感を伴った行為の身体性に注目することができます。ここには、ものに働きかけ、それを変容させることにより、自分自身を確認し、さらに発展させていくという、子どもとものとの相互関係を機軸とした造形活動の本源的な姿があります。すなわち、表現の手段として版を彫るのではなく、彫るという行為そのものの楽しさから生まれる版画表現を構想する必要を感じます。

 戦後の版画教育は、日本教育版画協会の活動を中心として進められ、それは日本子どもの版画研究会などの実践に継承されています。それらの成果の上に立って、さらに今日的な視点を加えることにより、版画というメディアの図工・美術教育における可能性が拓けてくるように思われます。



11月号美育インタビュー

彫刻家 舟越 桂さん
 ぼくはデッサンをする前にいつも鉛筆を削るのですが、それは静かな時間です。刃物を使っているという多少の緊張感もあるので、神経の集中が必要な濃密な時になります。
  鉛筆を削るという行為自体に深い意味は求められないでしょう、でも、そういう時間を持つことで、まだ絵を描きはじめたわけではないのに、すでに充実した世界の入口に立つことが出来るんです。
  電動の鉛筆削りでガーッとやっちゃうのは簡単だけど、それではこの気持ちは得られないでしょうね。…続きは本誌で

 

表紙:
第35回世界児童画展
海外の部・特別金賞受賞作品
「どうぶつたち」
ユアン・ピン
シンガポール 6歳女

表紙

裏表紙:
第35回世界児童画展
国内の部・美育文化協会賞受賞作品
「あったかいぬくもり」笠原 咲希
東京・杉並区立久我山小学校4年

裏表紙

 

目次

特集:版、そして写すこと

美育インタビュー 彫刻家 舟越 桂さん…7

版表現再考 ―版による表現の学びをさぐる―…天形 健…13

私の版画指導と版画教育…山本 隆一…20

幼児の版画表現 ―うつすことの魅力と意味―…槇 英子…26

大好き!魅惑のプリント・アート…森高 光広…32

ひとつがふたつ…柴田 祐佳…38

ペロリン版画による版画指導の革命…高橋 妙子…44

熊本文庫主要文献解題
生活版画と版画教育

向野康江 + 岩崎 清+ 西田香織 + 山口喜雄+ 関口竜平 + 浪江年博+ 柴田和豊 + 三浦浩喜…48

授業研究 神奈川県

幼児   ウサギの飼育から描画へ…江川 和子…52

小学校低学年  ようこそ いきものランドへ…鈴木 正洋…54

小学校中学年  ハリー・コ(張り子)ッターと魔法の仮面!…小山内和正…56

小学校高学年  環境を生かした造形活動で育まれるもの…太田 勇…58

中学校   私のモナリザ…丸 雄治…60

連載 子どもの育ちと表現
―絵画表現に立ち現れる6年間のいのちの軌跡―
第6回 クラス全員の「アフリカの動物」(3年)をみる…鈴石 弘之…62

連載
小学校で本格的にデジタルカメラを使う実践…石賀 直之…70

新刊紹介 図画工作の指導と評価…柴田 和豊…72

新刊紹介 図画工作 みかたがかわる授業づくり…佐々木達行…73

連載 幼児のひろば 第8回

三重・片田保育園…西山 知佳…6、79

2005年美育文化総目次…74

美育ニュース…76




『美育文化』とは | バックナンバー一覧 | 購読しませんか? | 見本誌ご希望の方は
このページのトップへ