美術に出会う前の美術
岩崎 清/日本ブルーノ・ムナーリ協会 代表
ブルーノ・ムナーリ/芸術家・デザイナー・教育者
(Bruno Munari 1907-1998)
遊具―遊びながら造形的な感性を培う誘発的道具
-美育文化ポケット43号 番外編-
ムナーリは、1960年代から1980年代までに、遊具を11点製作しています。いずれも、こどもたちが遊びながら、造形美術の要素を培えるように意図したものです。
1 プラス・マイナス 1970年
風景や動物などの絵のある15cm角の透明のプラスチックカード、洞窟のような穴の開いたボール紙やトレーシングペーパーなど72枚のカードで構成された遊具。ライトテーブルなどを使ってもよいし、あるいは自然光などの明るい方向にカードを向けて重ねながら自分で柄を作り上げることができる。透明であったり穴が開いていたりするので、重ねていくと、複数の絵柄が一枚の絵になる。例えば、子犬と傘を持った少年と、草むらを重ねて一枚の絵を作り、さらに森、雨、太陽、月、飛行機などを重ねて、好きな一枚のまとまった柄を作ることができる。また、重ねていくだけでなく、足したりひいたりして、絵本のようにお話をつくることもできる。
2 構成 1972年
「プラス・マイナス」と同様に、15cm角の透明のプラスチックカードに三原色の面、白黒の線、点、粒状の模様、そして魚や家などの絵を印刷したカードと白黒の色紙で構成された遊具。カードを次々と重ね合わせると、三原色の混色が楽しめ、点や線をそれぞれ縦横に組み合わせて動かすと、点は幾何学模様に、線は編み目模様となる。それぞれの図版や絵は変えなくても、自分のイメージする色や模様などが構成でき、変化させることでモアレ現象など光学的な効果も楽しむことができる。
3 迷路遊び 1973年
土台になるプラスチックの盤面に格子状と対角線状に溝が刻まれている。その溝に木の葉、壁、石、窓などの模様が印刷されたカードを差し込んで、迷路の壁を作っていく。迷路の壁は、どの方向にも自由に立てることができる。また、盤面に置いて敷石のようにも使えるようにデザインされたカードもある。普通ならば、迷路をつくることが目的になってしまうが、これらのさまざまなカードの立てかた、組み合わせ方で、通路、家、庭、動物小屋も作ることができるようになっている。カードの使い方次第で、数えきれないほどの遊び方があることがわかる。
4 ABCを組み立てよう 1980年
この、「ABCを組み立てよう」は、知育玩具として知られているレゴ・ブロックのように、ユニットを組み合わせて、何かを作っていくというコンセプトで構成されている。26枚の長方形、ひし形、半円、曲線に切り取られたオレンジと黄のメゾナイトの圧縮版(建築用繊維板の一種)を動かし、組み合わせて、アルファベットの文字を形作っていく。遊具を納めた箱の表には、まだ文字を知らない小さなこどもたちでも、アルファベットを組み立てられるように、形を組み合わせデザインされた見本が提示されている。細長い図形、曲った図形、さまざまな線で囲まれた図形を用いながら、アルファベットを造形することで、知らない間に文字を学ぶことになる。ムナーリの優れた考え方は、ひとつの方法でも決められたものしかできないのではなく、自由に発想し、イメージを形にできる点にある。
5・6 葉っぱをつけよう(木とつた)1975年
この遊具には、木とつたの2種類がある。当然のことであるが、植物は種類によって葉っぱが異なっている。この遊具には、はじめから木の幹と蔓(つる)だけのイラストと葉っぱのスタンプが、木とつたの種類の数だけ用意されている。こどもたちはスタンプが好きなので、初めは何でもかんでもスタンプを押してしまう。しかし、よく注意すると、間違っていることがある。さて、注意深い自然の観察から「ある木にはこの葉っぱ」、「この木には、この葉っぱ」という具合に、葉っぱのスタンプを正しく押せるようになる。自然の観察とスタンプ押しによって、遊び感覚でこどもの造形感覚を養うことができる。
7 カード遊び 1968年
鳥籠・リンゴ・鉢植えの花・雨の風景・四季で変化する木・雪景色・日の出から日没まで・建設風景など、7種類のカードが納まっている遊具。それぞれのテーマは全て、ある事象の時間的推移を示しているもので、順番がひとつでも狂うと決して成立しない一連の内容になっている。図版のカードには、丘の上の木と太陽しか描かれていない。画面から、何が順番を決める要素になっているか、それを抽出する必要がある。こどもたちには、太陽の高さ、あるいは地面に落ちる木の影の長さの変化から、時間の経過に気がつき、注意深く1枚ずつ遊び、順番を決定し、ストーリーを完結させる。微妙に変化する形を観察して、順序だった推敲を促す造形遊びになっている。
8 あてっこしよう 1976年
この遊具には、手・鳥・靴・電球・魚の5つのイメージカードがあり、1シリーズが8枚で構成され、全部で計40枚が1セットになっている。例えば、手のシリーズであれば、手の写真のカードもあれば、ロボットの手のようなものもあり、輪郭線だけのものも、あるいは指先だけのものもある。実物の写真をもとに他の手のイメージカードをあてる、形の認識遊びである。私たちはものの一片を見ただけで全体を想像・類推することができる。それは深い観察力と経験に基づいた知識があって初めて可能になるが、カードで遊ぶこどもが、遊びながらその力を養育できるようにプログラムされている。
9 実物像 1976年
このカードにも「あてっこしよう」と同じく、手・鳥・靴・電球・魚の5種類があるが、「あてっこしよう」にはイメージのカードも含まれるのに対し、「実物像」はすべて実物写真で作られている。例えば、靴の写真は、真上・後ろ・真横などの角度から撮影されたものと、明暗のイメージが反転したものなど全部で7枚ある。まず、こどもに足が必要とする履物である靴のカードを集めさせる。私たちは靴を見る場合、横から見るか、真上から見るかが普通で、正面や後ろから見ることはあまりない。こどもたちにとって、すぐに形体を識別するのは難しいが、普段見慣れない角度から靴の全体的な姿を考え、注意深く1枚ずつ選ぶ過程で観察力や類推する力を養うことができる。
10 変化 1975年
15cm角の紙のカードに描かれた48枚の動物、植物、食べ物、その他さまざまな具体的な絵を、接続を上手に考えて、縦または横に次々に並べていくと、たくさんの物語ができる遊具。1本の木が成長し、季節が変わり、青葉が茂り、風が吹いて葉が散っていく。木の周りには、リスや蝶たちが遊んでいる……というように、こどもたちは時間の変化やものの変化を遊びながら学ぶ。他の遊具と同様に、児童心理学者のG.ベルグラーの氏との共同制作である。
11 本に出会う前の本 1979年
いろいろな素材でできた10cm角の12種類の小さな本が納まっている本のキットである。一般的に考えられる本は紙でできているが、この12册の本は、紙、プラスチック、布、木などさまざまな素材でできている。何も書かれていない3枚の板でできた本には、ただ横に浅い溝の刻まれているページと、縦に溝が刻まれているページが麻紐で綴じられている。木のページをめくり、溝を指でなぞりながら、木の持つ温もりや、柔らかさや、肌触りなどを感じ取ることができる。また、フェルト製のピンクの本には、ひとつのボタンと飛び飛びのページにボタンホールが開いている。ボタンをかけると、本の形が変わる。フェルトの柔軟な材質の肌触りが、こどもたちの視覚と触覚を刺激する。まだ文字の読めない小さなこどもが手で材質を触り、眼で形や色を探り、鼻で素材の匂いを確かめ、硬軟のページが静かに動く音を聞く。そのようにして、五感をフルに使って読む本である。また、大人にとっても、文字を介在させずにさまざまな読み方ができ、こどもと同じように、見る、触る、嗅ぐなど五感を通じてものを読むことを誘発させている作品である。
写真提供/日本ブルーノ・ムナーリ協会