美術に出会う前の美術
岩崎 清/日本ブルーノ・ムナーリ研究会 代表
ブルーノ・ムナーリ/芸術家・デザイナー・教育者
(Bruno Munari 1907-1998)

 


機械は芸術作品にならなければならない
-美育文化ポケット49号 番外編-

 

現代は機械の時代である。われわれは機械の真ん中に生きており、働くにも、遊ぶにもすべて機械のお世話になっている。しかし、われわれは機械の気質や本性や動物的な欠陥について、何を知っているだろう? わかっているのは、無味乾燥で杓子定規で、技術的なことばかり……。

機械はまるで多産な虫みたいに、人間よりもはるかに速いスピードで増殖している。そう、すでにわれわれは機械の機嫌を取り、その手入れに膨大な時間をさかざるをえなくなっている。毒されているのだ。掃除してやらなくちゃいけないし、油をさしたり、休ませたり、いつもひとつも足りないものがないように気をつかってやらなければならない。これでは、われわれは何年もしないうちに、彼らの小さな奴隷になってしまう。

こんな危険から人間を救えるのは、ひとり芸術家だけである。芸術家は機械に興味を持たなければならない。ロマンチックな絵筆やほこりだらけのパレットやカンバスや木枠を捨てねばならない。機械の身体や機械のことばを識り始めなければだめだ。こうして機械の性質を理解したら、いままでと違ったやり方で機械を働かせるのだ。機械そのものを使って、機械のやり方で、芸術作品をこしらえなければならない。


『ゼログラフィーア』(1977)

油絵具の代わりに、酸水素の焔(ほのお)、化学反応、クロームメッキ、錆、電気着色そして温度変化を使うのだ。カンバスや木枠の代わりに、金属、プラスチック、ゴムそして合成樹脂を使うのだ。

機械の持っているかたちや色や動きやざわめきは、もはや外から見えない。冷ややかに、しかしバランスよく組み立てなおすのだ。
現代の機械は怪物だ!

機械は芸術作品に変わらなければならない!

われわれは、やがて機械の芸術を発見するだろう!

《機械主義宜言》(1938年)、《具体芸術》、第10号1952年。
[『ブルーノ・ムナーリ展』1985こどもの城カタログp114より]


『ゼログラフィーア』(1972)〜コピー機の創造的な使用法について〜


『ゼログラフィーア』(1977)〜道具を使った体系的な実験例〜

写真提供/日本ブルーノ・ムナーリ研究会

 

1回目 自然体験からアートへの第一歩 -美育文化ポケット42号 番外編- はこちら

2回目 遊具―遊びながら造形的な感性を培う誘発的道具 -美育文化ポケット43号 番外編- はこちら

3回目 ムナーリのワークショップとは? -美育文化ポケット44号 番外編- はこちら

4回目 ムナーリの絵本『たんじょうびのおくりもの』 -美育文化ポケット45号 番外編- はこちら

5回目 ムナーリの『折りたためる彫刻』と『旅行のための彫刻』 -美育文化ポケット46号 番外編- はこちら

6回目 ムナーリが自然から見いだした繰り返しのアート -美育文化ポケット47号 番外編- はこちら

7回目 プリント生地『規則と偶然』(il regola e il caso)が生まれるまで -美育文化ポケット48号 番外編- はこちら