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2010 9月号

特集 子どもの絵を読む

 「なぜ子どもの絵は尊重される必要があるのか」この問いに対して戦後美術教育は「そこには子どもの心が表われているからだ」という回答を繰り返してきた気がする。「子どもの心」すなわち心理を探求することこそが、人格・人権を尊重することであり、それこそが教育の本旨にほかならないという主張だ。

  戦後の民主教育の出発は、まずは教育の主体者としての「子ども」を明確に規定したことにあった。その背後には「子ども」の人格と人権の尊重という理念があった。ここに、子どもの自由な表現を発見し、あらゆる束縛からの子どもの自己解放を標榜した創造主義教育が生まれた。この思潮は造形・美術教育においては、久保貞次郎らによる創造美育協会(創美)によって展開され、1950年には斯界を席巻する教育運動となったことはよく知られている。

  1929年に福井市に生まれた野々目桂三は、福井師範を卒業後、1949年に福井市立松本小学校に奉職し、教育実践者としてのスタートを切っている。1年後の1950年には地元の美術教師、木水育男の招きによって福井大学附属中央中学校に転勤し木水の副担任として美術を指導。木水によってもたらされたホーマー・レインの『親と教師に語る』から影響を受けた。

  野々目は1951年、福井市立日乃出小学校に学級担任として転勤。ホーマー・レインの思想に触発された解放的な学級経営を展開したが、その指導は多分に解放主義的であったため、周囲との摩擦を生じ、わずか1年で退職することになる。その後、1954年、江東区立第一大島小学校の図画工作専科の教師として創造的な美術教育の実践を再開し、1956年、羽仁進監督撮影によって公開されたドキュメンタリー劇場映画『絵を描く子供たち』(岩波映画社)に登場した青年教師として創造美育運動のシンボル的な存在となった。この後、野々目は東京都図画工作研究会(都図研)の理論的実践家として活躍し、1990年退職。以降1991年から2001年まで千葉経済大学短期大学部で教鞭をとり、図工・美術の教員養成に当たった。

  野々目桂三の実践の特長は、第一に、子どものプリミティブな表現の尊重を掲げたことだろう。ここには、「子どもの美術」が従来の美術文化とはパラダイムを異にする独自の文化であるという明確な認識があった。そこにはフランツ・チゼックや久保、レイン、北川民次らによる「子どもの発見」という理解があったが、その方法としての「素朴さ」を野々目は朴直に追求し、教科教育における指導と子どもの主体性という矛盾の構造と苦闘し続けたと言えるだろう。野々目は素朴であることの輝きを求め続けた実践者であった。

  野々目が成し得た実践のもうひとつの面は、冒頭に述べた“子どもの絵の尊重”という理念の実践として内面性を読み取ったことだろう。だがそのためにはもちろん、それらの作品に「子どもの心」が表われている必要がある。読まれるべき中身のない絵を読むことは出来ない。私たちが野々目の作品を様々に読解できるのは、そこに読まれる内容が詰まっているからだ。

  現代社会では、視覚リテラシーということが、単なる形態の情報理解に留まっている実態があるが、子どもの表現に深い内面性を読み取った野々目の実践は、まさに、今日的な課題に応える姿勢と言える気がする。

  今般、野々目桂三氏の指導作品のほぼ全貌を紹介した展覧会が都内(CCAA=新宿区四谷)において開催される。この機会に同氏の実践を通じて、子どもの絵に私たちは何を読むのか、そして読まれるべき子どもの絵とは何かについて考えてみたい。

2010年9月号 目次

目次

特集 子どもの絵を読む

野々目桂三が指導した子どもの絵
私たちはこう読んだ…3
解説:野々目桂三
朝倉俊輔+有福一昭+加藤 真+小林眞佐子+柴崎 裕+鈴石弘之+瀧田節子+辻 政博+水島尚喜+矢木 武+横内克之

座談会 子どもの絵に何を読み取るのか…28
野々目桂三の実践を解剖する
鈴石弘之 + 辻 政博 + 水島尚喜
司会:穴澤秀隆(「美育文化」編集長)

野々目桂三論-求道者とも言える美術教育者-  鈴石 弘之…40

野々目桂三と木水育男  朝倉 俊輔…50

授業研究●沖縄県
幼児 1年生と砂場で遊ぼう  長嶺 初美…54
小学校低学年 わっ!すごいな  宮里 雅代…56
小学校中学年 箱から生まれる物語をおくろう  豊田 達雄…58
小学校高学年 子どもの想いを大切にし、表現する喜びを味わわせる指導の工夫  久高  輔…60
中学校 私の守り神をつくる  國吉 房次…62

熊本文庫主要文献解題 美術教育論の変遷とその周辺23…64
宮脇 理+新関伸也+穴澤秀隆+藤原智也+
福本謹一+永守基樹+谷口幹也+藤崎典子+
佐藤昌彦+山口喜雄+天形 健

連載 〈美術/教育〉の扉をひらくー新しい社会文化システムの中へー
第8回 子どもたちの「意味をつくりだす」力 ―「造形遊び」を通した〈美術/教育〉更新
長田 謙一…70

美育ニュース…77
*幼児のひろば、Computer Now は休みました。

表紙:
野々目桂三指導作品
篠崎かずいち  無題
380×535・ 画用紙
江東区立第一大島小学校
1954年

裏表紙:
野々目桂三指導作品
藤原智弘 無題
250×360・ 画用紙
福井市立日乃出小学校 3年・男子
1951年




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