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2004 7月号

特集 元気な造形遊び

 1977年の教育課程改訂により低学年に登場した「造形遊び」は、その後、1989年、1998年の二度の改訂を経て、現在、小学校の全学年で実施されており、すでにある意味では教科の中心的理念となっています。これは戦後の図工・美術教育の理念的・内容的転換を象徴するものであり、具体的に言えば、作品中心主義から、制作過程の重視、内容的指導から、子どもの意欲・関心・態度の育成、という方向への変容を示唆していると考えられます。しかし、この改革は、実践において必ずしもその理想を達成したとは言えず、今日なお多くの戸惑いを残しているという指摘があります。

 そのような状況を受けて、近年、斯界の一部では、造形遊びがもたらした「混乱」や「誤謬」を指摘し、問い直しを求める論調も見られます。たしかに、それを「混乱・誤謬」と捉える心理も理解できないではありませんが、しかしそれは、新しい理念や思想が不可避的に伴う軋轢であるようにも思われます。

 従来の図工・美術の単元や領域は、これまでの「美術」に依存し、その内容を子どもの教育に降ろしてきたという側面がありました。このため、指導の概念とその弊害を克服できず、結局は評価なしにはその意味を全うしえないという問題を常に引きずることになりました。また、そこでは、はじめから大人の美術文化から発想された到
達点が措定されているために、再現的な表現が中心に指向されることになり、その過程で限りなく細分化された「教育的」な指導や評価を発生させることになったのだと思われます。

 造形遊びは、はじめから子どもを未発達なものとして捉えて、大人や教師が設定したゴールへと導く教育の在り方に異議を唱えるところから発想され、教科に位置付けられたのではなかったでしょうか。この意味で造形遊びは、図工・美術教育に新たなパラダイム転換を促す「思想」であると言っていいでしょう。そして、この「思想」
は当然のことながら、図工・美術という教科に留まるものではなく、新しい学力観と通底して、教育の根底に据えられるべき可能性をもっています。これを誤謬や混乱と捉えることは、子ども中心の教育そのものを否定し、「新しい学力観」の可能性を摘み取ってしまうことにもなりかねません。

 なるほど、造形遊びにも固定化されたイメージがつきまとっているきらいがあります。「造形遊び」というと、例えば、野外で行う、廃物などを利用したスケールの大きな活動が思い浮かびます。そして、その過程では、子どもたちの発想を大切にし、教師の指導は極力これを控え、作品主義的ではない製作を目指すといった指導が連想されます。けれども、このようなイメージにこそ、造形遊びに対する先入観や誤解が潜んでいる気もします。

 もちろん、造形遊びが野外で行われなければならない理由はありませんし、多様な素材との出会いを、廃物のみに限定することはないでしょう。まして、造形遊びが、常にスケールの大きな非日常的空間を現出させるイベントである必要はないと思われます。見た目にはダイナミックであるとは言えない活動の中にも、子どもがその全精神を傾けて創出した表現のきらめきを見出すことは十分に可能でしょう。強いて言えば、造形遊びを企図した「思想」の質が、必然的にそのような素材を選択し、身体論や子どもと環境をめぐる言説と結びついたことが考えられますが、それはこの「思想」が優れて現代的で今日的な人間の課題に答えうるものであったからだと思われます。

 もうひとつ、造形遊びが現代美術のメソッドを導入したというのも大きな誤解の一つでした。たしかに、造形遊びの活動の中には、現代美術のさまざまな要素や方法を取り入れた活動も見られます。けれども、それはたまたま造形遊びの思想と、そのような表現の論理が交響しただけのことであって、造形遊びが当初から「子どもによる現代美術」を目指していたのではなかったと考えます。このことに関する誤解もきっぱり取り払わないかぎり、造形遊びもまた現代美術が陥っている閉塞状況に呪縛されることにもなりかねません。

 このように造形遊びを捉え直し、図工・美術の再生と新たな可能性をさぐることが、今、切実に求められていると思われます。そこでこの号では造形遊びの今日的な課題とその実践について考えてみたいと思います。



7月号美育インタビュー

映画監督 野中真理子 さん
私は美術の専門家でも、もちろん教育に携わる者でもないので、図工教育がどうあるべきかという基準も視点も、はじめからありませんでした。ただ、図工室にはとても楽しそうなこどもの時間があると感じただけです。私にとって重要だったのは、この素敵な授業が、公立の小学校で行われていたということでした。もちろん東京とか品川の学校だというような一定の地域性とか、特異性はあったと思いますが、誰にでも手の届く公立学校だということは、これが拡がっていく希望があると思ったんです。

『トントンギコギコ図工の時間』は今、生まれたばかりです。東京で上映され、ようやく旅が始まったところです。これから夏に大阪で公開され、それから各地を回ります。自主上映会という形で、多くの人々に見ていただきたいです。私もできる限りその場に行って、考え続けていきたい。そこできっといろんな人との出会いがあると…続きは本誌で

 

表紙:
第34回世界児童画展
海外の部・特別金賞受賞作品
「うば車」
ダナ・ノボトナ
チェコ 6歳女

表紙

裏表紙:
第34回世界児童画展
国内の部・全国造形教育連盟賞
受賞作品
「水の中の生き物たち」加藤 光平
埼玉・戸田市立戸田第二小学校4年

裏表紙

 

目次

特集:元気な造形遊び

美育インタビュー 映画監督 野中真理子さん…7

造形遊びの再考に向けて
造形遊びは否定されるべきものなのか…柴田和豊…13

「造形あそび」、そのさきに
美術教育の現代的基底と展開をもとめて…長田謙一…20

座談会 造形遊びの再生のために
希望の理念としての造形遊び

藤澤英昭+矢木武+ 池田真理子+水島尚喜+ 長澤博昭…29

子どもの魅力から造形遊びを見直す…西尾正寛…36

私が考える造形遊び―その実践…長尾宏一…44

「造形遊び」再考、そして、最高!…隅 敦…50

子どもといっしょに…時任 勝…54

どこでも、どこにも、誰でも美術…鈴木 斉…58

授業研究 北海道

幼児   あがった鯉のぼり…芝木捷子…64

小学校低学年  ぐるぐるアート!…堀口基一…66

小学校中学年  ゆめのかたち…伊藤聡美…68

小学校高学年  世界に一つだけの中庭…山 薫…70

中学校   色彩と形の学習…豊田ゆき…72

連載 Computer Now File 0021
Webこども美術館…西尾隆一…74

連載 高校フォーラム 第22回
素材体験としての美術・工芸…廣沢隆則…76

美育ニュース…77

新連載 幼児のひろば
町田市・こひつじ幼稚園  豊田ゆり子…6、83




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