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2003 5月号

特集 線を遊ぶ

 線には、他人には真似のできない個性があります。太い線、細い線、力強い線、震えるような線、野放図な線、苛立っている線…。一本の線にも様々な表情を込めることが可能です。

子どもの表現の始まりは、なぐりがきやスクリブルといった線描にあります。また、人類の造形表現のあけぼのも洞窟画や土器などの表面に記されたの線描や線刻にありました。そして、屈託のない線描は児童画の魅力の源泉であり、さらに「らくがき」も線描が主体になっています。ここには子どもにとって「線を遊ぶ」ことが、自己の確立と表現にとって、なくてはならない行為であることがうかがえます。

一方、西洋の絵画がドゥローイングとペインティングを区分しているのに対して、東洋においては、線描の優位性をもとに絵画の空間が構築されてきました。「気韻生動」などという言葉があるように、線描のなかに個性や精神性を認めて重んじる伝統もあったように思われます。そして、今日、日本のマンガ文化が世界的な表現になった背景には、線描を機軸とした東洋の絵画の理念があったという指摘もあります。

けれども、そのような線描の価値を湿らせていた日本の美術教育が、「絵画と言えば線描の指導」という図式に陥りがちだったことも事実でしょう。一本線描法、キミ子方式、かたつむりの線などという、「図法」の指導は、線描を根拠としながら、実はドゥローイングの固有性を被覆してしまう危険があります。これはデッサンを不可欠とする西洋絵画においても同様でしょう。線における個性をわざわざ消すことによって「美術」の技法が獲得されるという矛盾がここには感じられます。

他方、やや抽象的に考えるならば、「線」という観念によって、私たちは世界を確定していること言えます。ここでは線は言語や記号と通底する意味を持っています。すなわち、線描には、行為としては、きわめてプリミティヴであるにもかかわらず、結果的には、思考のプロセスを図解し、主題やコンセプトを描出した意味論的な世界を開示してしまうという二義性があるのではないでしょうか。

従来、児童画の解釈においては、子どもの線描による図像を、シェーマの発生と捉え、そこに発達の段階を想定するようなゲシュタルト的な理解が行われてきましたが、ここには、無意識な線描が不可避的に意味を露呈するという構造があったと考えられます。

さらに、CGの登場によって、従来の線描は漂白され、意味と関係性のみがグリッド上に露出している状況が現出しています。けれども?こにおいてすら線描の個性や感情は完璧には脱色されてはおらず、「子どもらしい線描」はしぶとく自己主張をしているという見方も可能でしょう。

いずれにせよ、表現の始まりとしての線は、その魅力と意味について、造形教育のあらゆる場面で繰り返し、問い直される必要があると思われます。そこで、この号では子どもの線描の魅力と意味について実践の中から考えてみたいと思います。


 

目次

特集:線を遊ぶ

美育インタビュー 版画家 中林 忠良 さん…7

ドゥローイングとドゥローイング教育の戦略…那賀 貞彦…13

子どもの線描の意味とその実践…堀井 武彦…20

記号としての線、自己表現としての線…石賀 直之…26

線材的なアートのススメ…堀口 基一…30

ALL ENGLISH で日本美術のドゥロ-イング絵画を鑑賞する…池永 真義…34

抽象美術の線に学ぶ…柿島美香子…42

美術における生徒の「線」への意識…笹原 聡…44

授業研究 長野県

幼児:いろんな動物に変身 森山文子・大道 春美…52

小学校低学年:さがそう うつそう でこぼこワールド…高山 顕光…54

小学校中学年:6年生に思い出の贈り物…西澤 剛…56

小学校高学年:身近な環境の美的要素を探して…山際 正巳…58

中学校:私はアート・ディレクター…吉池 光則…60

連載 Computer Now File 0016
漫画的表現を取り入れたコンピュータでの表現…小田切 誠…64

Eメールトーク 第7回 
美術教育の今を語り、問題のありかを照射する
谷口幹也+相田隆司+ 三根和浪+吉田貴富 +隅 敦+西村徳行…68

連載 高校フォーラム 第17回
特色ある生徒作品展示の実践…天野 正…72

新刊紹介
『美術鑑賞宣言』…永守 基樹…73

美育ニュース…74




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